(彼女、鳥らはケスラーとは何ら関係なし。)
米、テレビ局のショータイム・スポーツが総力を挙げて開催しているS・ミドル級ナンバー1決定トーナメント”Super Six”。
10月、既にステージ1の2カードが行われ、ドイツ、ベルリンではアルツール・アブラハムがジャーメン・テイラーに最終回にKOで勝ち、イギリス、ノッティンガムではカール・フロッチがアンドレ・ディレルに判定で勝利。現在はヨーロッパ勢が星を2−0としアメリカ勢をリードしている。
そして今回、残る最後のステージ1の試合、これもアメリカ選手の勝利は厳しいと思われるのだ。
デンマーク出身、WBA世界S・ミドル級王者ミッケル・ケスラーVS同級7位、アンドレ・ウォードのタイトルマッチも兼ねた試合がウォードのホームタウン、アメリカ、カリフォルニア州、オークランドで開催される。
今大会優勝者筆頭と呼ばれているケスラー相手では、現在無敗の元五輪金メダリストにはまだ荷が重いのだろうね。ウォードは未だケスラーレベルの選手と戦った事が無いのだ。思いつく限りでは恐怖のコロンビアン、エディソン・ミランダぐらいのものか?
せめて来年大会が開催されていれば、というのがウォード陣営の正直な心境ではないかな。
まぁ、ここまでだいぶ守られながらキャリアを積んできたのだから仕方がない、という見方もできるのだけれど。
ケスラー、デンマークではね有名だったよ。
しかし北欧諸国では中々ボクシングは浸透しているスポーツとは言い難かった。
何故だろう?体格的にはボクサーとして申し分のない若者で溢れているのにね、骨格がでかく、そして背が高い。首都のコペンハーゲンではケスラーみたいなデッカいのが良くそこら辺を歩いていたよ。
寒さのせいだろうか?
それもあるかもしれないけれど、あるいは安定しすぎている社会の中ではボクサーになることのメリットが見いだせないのかもしれない。
税金、人によっては25%もとられるんだ(フィンランドでは50%以上!)!しかし環境、医療、教育等の面で国からのしっかりとしたサポートがあらしいよ。
そしてそんな社会を成立させる国民の人口の少なさ、それも関係しているかもしれない。北欧は何処も人口少ないのです。皆きっとサッカー選手目指しているんだろうね。
しかし大昔ではバイキングとして世界中に地域を越えた、争いの元をつくった北欧人。今でもどこかでその遺伝子はくすぶっているのだろうか?
世界に広がるマイノリティー達が”本当の自分たちの生き方”を取り戻し、また押し進めたとき、彼等の支配者的遺伝子は再び目覚めるのかもしれない。
ケスラーVSウォード戦、ぐらいじゃそんなものは目覚めることはないだろうけれど、、、
(ああ、そうさ、そいつは間違いなく冒険だった!よね?マチュピチュ?)
今日、テレビで放送されていた『天空の城ラピュタ』を本当に久しぶりに観た。
やはり、いいね、エンターテイメントだね、冒険だ。
これがいったい何度目のことだろうか、おそらく小学生の頃からだから何十回と鑑賞しているはずだ、飽きないもんだね。
昔からこの作品を見た後、強く思ったことは”冒険”への憧れだった、気がする。
それは日常から抜け出し、自分の知らない世界へ、自分の力で向かって行く、そんな出来事に憧れていたんだ、きっと。
しかしそんな憧れも、実際はね、もって翌日の昼頃まで、その日の夜にはまた違うモノを観て、違うことに憧れていたはずだ。だから本当はどれほど”冒険”には興味がなかったのかわからなかった。
だが、そんな適当な子供だった僕が、その後、大人になり南米の旅の中で、あのラピュタのモデルになった場所、ペルーのマチュピチュに訪れるとは想像もしなかったよ。
確かにあの頃の僕は、自分が憧れていた、日常から抜け出し、自分の知らない世界へ、自分の力で向かって行く、そんな出来事の中で生きていたのかもしれない。
まぁ、かなりテレビで見たり、思い描いていたものとは違ったけどね。現実と想像は違うのだ、足りなかった自分の勇気とお金。
しかし、ラピュタは確かに存在した。それは現実で想像以上だった。まぁ、観光客で溢れていたけどね。
それにしても、あの僕の旅は冒険と呼べたのだろうか?
(試合会場も薄暗かった)
ニカラグアの首都マナグア。
旅行者が素通りすることでバックパッカーに有名なこの街に、僕は1週間程滞在した。
そのとき泊まった宿がこれまたボロくてね。
ちょうど中米をひたすら走るバス会社の側にある宿だった。
夜中にバスが停留所に3時間程遅れで到着してね、外にはカモを待つタクシードライバーや、宿案内人や、その他の人々でゴッタガイしているんだよ。
これには緊張した、焦ったよ。
この停留所の側は危険地区と聞いていたため、安全な停留所内にあるホテルに泊まろうかと考えたんだが、料金がとびきりに高かった。
仕方がないので受付で聞いた側にある安い宿に向かうことを決定。
嗚呼、哀れな僕は僅か20ドル程の料金を払いたくないがために命を賭け(大げさ)、その距離僅か50メートルない道、しかし目の前には暗闇の中でうごめく獣の群れ。そんな極道を歩むことに。
停留所の入り口明かりが届かなくなると同時に、あらゆる種類の獣が腕を、バッグを、行く手を阻む。そして暗闇が本当に恐怖を煽るのだ。
それでも何とか歩き進み、宿の鋼鉄の門の前、チャイムと同時に宿の人間が門を開け「入れ、入れ」と誘導する。中は普通のボロい宿。
「先週、おんなじくらいの時間に宿の前でものを盗られちゃった人がいるからね、ケガもしちゃって大変だったよ」と、笑顔で一言。おいおい、そんなに危ないんかいこの辺は!
暗闇は人を狂わせる、それほど深く感じた僅か数十メートル。そんな暗闇。
(または気持ち悪くなっちゃったのかな?)
去年、夏の終わる頃、僕はフィンランドにいた。
北欧で初めてのボクシングの試合を見る為だ。
実は同日ドイツのベルリンで行われたWBA世界ヘビー級王座決定戦、ニコライ・ワルーエフVSジョン・ルイス戦とどちらに行くかで迷っていたのですが、できるだけ色々な国の試合を観戦してみたい、ということでこちらを選ぶことにしました。
と、当時のレポートで書かれていたよ。そういえばそんな日があったねぇ。夏の思い出だ。
フィンランドの試合、Tampera,Finland
この日のメインに登場したのはフィニッシュ・スター・ボクサー、アミン・アシカイネンというカッコいい名前の世界ランカーだった。
一方青コーナーに佇んでいたのは、ブラジルからの刺客、ロベルト・デ・オリベイラ・デ・へスス。
な、長いな、本名なのか?そういえば、いつだか聞いた話しでは、ブラジルって名前の種類が少なくて、サッカーで有名な選手の殆どがあだ名をそのまま選手名登録しているらしいよ。
そんな彼、出稼ぎ気分だったのか、あるいは時差ぼけで眠かったのか、僅か2ラウンドでマットに倒れちゃったんだよ。
立ってくれ!もう少し試合が見たい!
という観客の望みも叶わず、ロベルト・デ・オリベイラ・デ・へススはレフェリーにストップされたのだった。
名前しか覚えてない、今度は頑張るんだR.D.O.D.J!
(全部洗い流しているのだ、外も中も)
そうやら元世界WBA世界ライト級王者の小堀佑介さんがつい先日、3ヶ月のインドの旅から戻ってきた様だ。
インドと日本間にある常識の違いに戸惑ったり、むかつかされたりしたそうだけど、何となくはわかるよ、どういった所でそんな感覚を覚えたのかが。旅のスタイルもおんなじ感じだった様だしね。
去年の今頃、僕はガンジス川の側にある聖地バラナシ(ベネレスとも呼ばれる)にいた。
1週間程の滞在だったが、余り天気は良好ではなく、少し肌寒いくらいだった。まぁ、インドと言ってもデカく、この街は北側だったからね。
しかし、皆浸かっているんだよ、ガンジス。
朝早くから夕方遅くまで、身体を洗ったり、洗濯したり、遊んだりと、あらゆることを河の中で行っていた。
ある日の早朝では、朝日とともに排泄を行っているおっちゃんにもでくわしたこともある。刺激が強すぎる最高の朝だぜ、おっちゃん!
この多目的水、ガンジス。たまに外国人も浸かっていたけれど、僕には出来なかった。やはり衛生面で耐えられなかったんだ。大体いつも汚れ気味だった僕でも無理だったのだ。まぁ、もの凄く暑ければ話しは変わっていたかもしれないけれどね。
しかし、
身体を洗っている人の隣りで、
洗濯物を洗い、
その隣りで
排泄を行っている、
またその隣りで、
身体を洗っている、
そんな姿を見て、カルマを感じた、去年の冬。
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5年のNY生活、約2年の旅からようやく戻って来ました。これから旅を振り返って行きます!