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諸国漫遊記
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 先日、総合格闘技の試合を見る機会があった。
 私のトレーナーのマイク・スミスが最近、山地大輔という日本人の総合格闘家にボクシングテクニックを教えていて、彼のデビュー戦にマイクがセコンドにつくことになり、私も彼等についていったのだ。
 総合格闘技を生で見るのはこれが初めてだった。日本にいた頃はテレビでやっているのを見つければチャンネルを合わせるといったぐらいのものだった。方やマイクは筋金入りの格闘技オタクだった。プライド、K−1、UFC、その他の試合など、全てをカバーし、その知識も半端ではなく、日本人のプロレスラー達まで知っていた。彼はボクシングの試合前日の宿で総合のDVDをいつも見るのが常だった。そんな時、彼は私にいつも言った、「ボクシングは仕事だ。総合がベストだ。」そういえば私は彼がボクシングの試合のDVDなどを見ている姿を目にしたことはなかった。
 そして今、マンハッタンにあるヘンゾ・グレイシー柔術の道場から数人の選手達が、ボクシングテクニックを学びにマイクの下に来ている。総合というものを踏まえた上でのスタンディングの構え方、パンチの打ち方、守り方をマイクはグリーソンズジムにいるどのトレーナーよりも理解していたからだ。山地もそんな選手の一人だった。
 ともあれ、何故私が彼等に同行したのかと言えば、人が足りないようであればセコンドにつく予定になっていたのだが(実際は人数が足りたため観戦のみとなった。)、本当の所はマイクが私にボクシング以外の違うものを見る機会を与えてくれた、と言った方が正しいだろう。そして何より私もボクシングと総合格闘技、その違いを肌で感じてみたかったからだった。


 私達はチャイナタウンで待ち合わせをした。私とマイクがカフェの前で待っていると、白のタンクトップを着て、右腕にタトゥーをした、幅のあるがっちりとした体格の男がやって来た、彼が山地大輔だった。
 私たちが会うのはこれが初めてだった。マイクに以前から、彼のことは聞いていたが、一度も会う機会がなかったのだ。物腰が柔らかく、私への挨拶などいかにも日本人らしくあったが、仲間が来ていると言い、人ごみの中から大声を出して呼んでいる姿はまるでアメリカ人のようであった。後で話しを聞くと、彼は高校からアメリカに住んでいるらしい。
 今夜、同じリングに上がるというジュリオもまた、厚みのある胸板、太い腕を持った格闘からしい体型をしていた。彼はブラジル人らしい。私達は挨拶も早々に山地の呼んだカーサービスに乗り会場へと向かった。

 会場はNJの郊外にあるスポーツ施設のような所だった。中に入ると、少し寒いくらいの冷房がかかっていた。周りを見ると、まだ他の選手達はほとんど見られなかった。受付にある今夜のカードを書いたチラシを見ると、13試合ものカードが予定され、(うち最後の3試合はチャンピオンシップと書かれていた。)山地の試合は4試合目となっていた。
 会場の入り口から右側に続く廊下を歩いていくと、ゲーム機や売店、食事をする席が広がる休憩所へたどり着いた。そこには白人の親子連れが2組と、若い男女のカップルがゲームをしていた。その後にも次々に子供達が出てきた。ここは子供達の週末の遊び場でもあるのだろうか。
 選手の控え室はその奥にある小部屋だった。中には入ると恐ろしく冷房が効いていて、テーブルの上にはバナナやリンゴなどの果物と水が用意されていた。その寒さに皆声を咽びだしていた。控え室の窓越しを見ると、そこにはアイスホッケーのリンクがあり寒さの理由を知る、きっと休憩所の子供達もホッケーをしていたのだろう。どうにも寒さが堪らないので私達はひとまず休憩所へ戻ることにした。
 続々と他の選手とその一行が会場へとやってくる。どの人物も選手に見え、私には誰が今夜のファイターなのか全く分からなかった。その中に山地達と同じ道場の仲間もいて、彼は一人,一人、私達に紹介してくれた。
 周りを見ると誰もが互いを知っているようだった。マイクが私に呟いた、
「今日は手伝いにきたから何も言わないけどな、俺はこの雰囲気ははっきり言って嫌いだ。もし本当の自分のファイターが今日戦うなら、端に座らせて誰とも話させないぞ。」
 確かに選手達が観戦に訪れた仲間と話している姿は、試合前の緊張感を奪っていったように思われた。それは控え室が冷えすぎているのが大きな原因ではあるとも思うが、選手と観客が何ら仕切られるものもなく出会えてしまう場所に控え室があること自体が問題ではなかったか。
 途方もない張りつめた緊張感が選手に与える影響が何であるかは、選手自身にしか知るすべはないのだが、私には奪われてしまったものが、これから戦おうとする者にとって失ってはならないもののように感じられた。


 6時頃に一度全ての選手が一つの部屋に呼び出された。どうやらルールの最終確認をしているようだ。ボクシングと違い、ルールはその日、そのイベントごとで変わるものなのかもしれない。この部屋に集まっている男達は後、数時間後には互いをつかみ合い、殴り合うのだ。そう思うと彼等の距離はあまりに近すぎ、またそんな部屋が狭く感じられた、私は息苦しさを覚えた。
 山地とジュリオは説明を聞いた後、すぐに控え室へ戻り着替える準備を始めた。試合用のスパッツに着替え、シューズは履かず、かかとが剥き出しにされたサポーターを足につけていた。
 マイクが彼等のバンテージを蒔く、ボクシングでは拳一つを覆うのにガーゼを2個半使うのに対し、総合は1つだとマイクは言った。そしてボクシングではナックルパートを厚くし、手のひらには握りを作り、リストにも注意をおく、総合は全体的にフラットに蒔く。ナックルパートから手の甲にかけてサポートをしっかりと固め、手のひらには試合で相手を掴むため、ガーゼを重ねない。総合のグローブはとても小さく、ボクシングのグローブを見慣れているせいか、バンテージを蒔き終えた拳と総合のグローブはほとんど大きさが変わりなく感じた。彼等は本当にあのグローブで殴り合うのだ、それが少し信じがたかった。
 グローブをはめた後、ボクサーなら身体を軽く動かし、シャドーを始める所だが、総合の場合は選手によって組技のイメージを重ねる時もあれば、シャドーを行う場合もあるという。山地は、というと力強く、仲間と組合い、タイミングを見ていた。冷え冷えとする控え室の中、山地の額から汗が少し滲み始めていた。

 第3試合が始まる頃に山地はマイクと他の大勢の同じ道場の仲間達と共に会場へと向かった。
会場は控え室から見えたものとは別の、さらに大きなスケートリンクがあり、その真ん中にリングを設置してあった。周りにパイプ椅子が並べられ、観客は中央に集中するような形で座っていた。観客も心なしか選手に見える程、筋骨隆々な男が多く、そしてその多くが白人だった、そう、ボクシングとの大きな違いにその点があった。

 それはここが閑静な住宅街であり、そこに住む人間の多くが白人であることもあるのだろうが(白人ばかりが住むメイン州のボクシングを見た時も白人ばかりだったのを思い出す。)、それ以上に黒人の選手が少ないことが理由だろうとも思われた。
 何故、黒人の選手が少ないのか?
 マイクの言う所では、総合はまだボクシング程ポピュラーではないことと、なにより金が稼げないからだと言う。山地にも聞いてみると、彼の考えるところではレスリング上がりの選手が多いからかもしれないし、黒人の優れた瞬発力の重要性がボクシング程占められていないからかもしれないと、言っていた。
 同人種として、選手として、どちらの意見も的を得ているように思われ、また、違う理由もあるのだろうかとも思った。

 第3試合が終わり、いよいよ山地の出番となった。6、7人の仲間が彼を囲むようにして一緒に入場してきた。マイクはそこから一歩引いた場所から続いた。
 試合は私が状況を理解できぬうちに終わってしまった。
 開始のゴングが鳴ると同時に山地は勢い良くコーナーを飛び出した。一方、相手は右手を前に出し、グローブタッチの格好をとった。しかし、山地はそれに見向きもせず、オーバーハンドライトを相手めがけが打ち、それが見事に相手の鼻を捉え、追い討ちをかけるように相手を下にした状態でテイクダウンをとった。
 その後、揉み合いの中、相手は四つん這いになって身体を固めると、山地は横から押さえるようにして、相手の脇腹、顔面へとパンチを散らしていった。相手の意識がパンチのガードに向き始め、山地はその隙をついて相手の後ろをとった。そこから相手の首をとり、チョーク・スリーパーで相手のタップを誘い、勝利をものにした。
 開始から僅か45秒での出来事だった。

 この日、私は総合格闘技とボクシングの間にある違いは何なのかを探りながら、全体を見渡そうとした。しかし、結局はよく分からなかった、どれもごく表面的なものに思えた。それも当たり前なのかもしれない、私が見た総合格闘技はこの日のたった1日だけであったし、ボクシングにしても数える程しか見てはいないのだ。しかし、”違い”を探り当てることはできなかったが、この二つの競技においての根本的な部分での”共通”するものは垣間みた気がした。それは、山地がグローブタッチをせず拳を相手に打ち込んだ時のことだ。

 控え室に戻ってきた彼とマイクが話している、
「マイク、俺の最初のパンチ悪かったのかな?」
「ノー!ベリーグッドだ!これは試合だぞ、スパーリングじゃない。」

 彼の試合の前後の試合を幾つか見たとき、かなりの数の選手達が互いのグローブタッチをしているのを見て私は困惑していた、全てのラウンドごとにしている選手達もいたからだ。マイクにそのようなルールがあるのかと聞いてしまったくらいだった(当然のごとく、無いと言われた。)。その行為は試合というものの存在価値を変えてしまう程の意味を持っているように私には思われた。
 リングの外、または試合前後での礼儀は当然のごとく必要であるとは思う。しかし、リングの中ではどうだっただろう?一見、グローブタッチなどは一つの紳士的な礼儀にも見える、しかし、ルールで定められている訳ではない。ボクシングでもグローブタッチが決められているのは試合直前と、最終ラウンドのみだけである。ゴングは既になっているのだ。リングの中での礼儀とは相手のその行為のに答えることではない、そんな相手を叩きのめしてやるのだ!という強い意志なのではなかったか。

 そう、全ては勝利のためなのだ。ボクシングでも、この日の総合格闘技でも共通することは勝利以外のなにものでもない、はずなのだ。
 しかし、
 果たして今のボクシング、総合格闘技のプライドやK−1などに勝利の価値はどれほどあるのだろうか?ふと、そんなことを思いもした。

 私には山地が打ったあの時のオーバーハンドライトが、勝利に対する真の礼儀に見えた。


———追記

 一つ、あえてこの日の総合格闘技のイベントに言いたいことがあるとすればそれは、試合のカードが書かれたチラシにレコードが載っていなかったかもしれない。あれは記すべきである、と私は思う。
 この日、山地はデビュー戦だったが、ジュリオはこの試合がプロ2戦目で、デビューは黒星だったと言う、そのジュリオも今日は傷だらけの中、判定での勝利を手にした。それは死に物狂いで掴んだ勝利だったはずだ。そのことをレコードを記すことで、見ているものにも伝えるべきではないのだろうか?
 プロとは結果が全てである、というのであれば少なくとも彼等の足跡は残すべきである。そうでなければこの日の山地やジュリオの、または他の選手の勝利や敗北に何の意味があっただろうか、そこには彼等のプロとしての全てが詰められているはずなのだ。
 あるいはそのレコードに残る数字は、私達以上に彼等にとって何らかの大きな意味を持ち、語りかけるものがあるのかもしれない、、、

———終わり
文:中屋一生 mail
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