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諸国漫遊記
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 2007年8月、僕は長く住み続けたNYを離れ中南米の旅に出かけた。
 メキシコから始まり、グァテマラ、エル・サルバドル、ホンジュラスとバスで進み、10月31日朝8時頃、僕はニカラグアの首都マナグアにある安宿にいた。
 決して安全とは言えず旅行者にとって見るものが多いとも言えなかったこの街、マナグアで僕は1週間近く滞在していた。それはある一人の人物に会う為だった。
 本来ならばもうすでに他の土地に移動するつもりだった。
 終わりを漠然とさせたままの旅は何が起きるか分からないもので、自分自身で平気で予定を変えてしまうようで、この旅でも僕は中米を既に予定よりも一ヶ月も長く滞在してしまっていた。
  しかしようやくこの日、僕はその待ち続けていた人物に会う約束をつけたのだ。彼に出会った後はそのままバスで他の場所へ移動するつもりだった為、全ての荷 物を一緒に持って行くつもりだった。しかしその支度をしている最中のこと、宿にあるテレビを何気なく観て僕は驚いた。その今日会うはずの彼が生放送の ニュース番組に出ていたからだ。その時思ったことは、
(本当に今日こそは彼と会えるのか?)
 ということだった。この時僕は、もう待ち続けることに疲れてしまっていたのかもしれない。


アルグエョ[1]

 4日前の夜、7時半頃、僕はニカラグアの首都マナグアに予定より3時間遅れて到着した。途中ホンジュラスとの国境付近で長距離バスが故障し、2時間程足止めを食ったため、予定より到着時間が大幅に遅れてしまった。
  外を見てみると当たりはもう暗くなり、旅行者ならば誰もが感じるであろう、初めて見る街の暗闇に対し僕も恐れを抱いていた。ニカラグアは貧しさの為か街頭 の数が今まで訪れた他の国々と比べかなり少なく、そのため暗闇がいっそう強く感じられた。駅の外では中米のどこでも見られるように多くのタクシードライ バーやホテルの呼びかけが声をかけてきた。
「タクシー、タクシー。」
「ホテル、チープ、ホテル。」
 そんな出会いを無視し、僕は駅員に事前に聞き紹介されていた歩いて数分の場所にある安宿まで行き、その”寝る”ぶんには何ら問題ない8ドルのワンベッドルームに泊まることにした。とりあえずバッグをおろしベッドに横になった。時計の針はすでにすでに8時を回っていた。

  僕はここマナグアに来た目的はボクシングの試合を観戦する為だった。メールでこの試合のプロモーターには事前に会場に行くことを告げてあったが、返事はな かった。宿の従業員にボクシングの試合を観に行きたい旨を伝えると、タクシーで15分程のところにあるとのことだった。しかし、試合会場の側は決して安全 と呼べる地域ではないと言う。
「君、一人で行くの?やめといた方が言いよ、あまりいいところじゃない。」
 その従業員の声が僕の中で空しく響いていた。
  安全でない地域であることは予想はしていた。そのため夕方までには駅に着き余裕を持って会場へ行くつもりでバスの予定を立てたのだ、が、バスは止まってし まった。僕はホンジュラス側の国境でぼんやりと座り、いつくるとも分からない代わりのバスを待っている間、靴磨きをする子供達を見ながら、この時はもう試 合のことは諦めていた。
 しかし宿に着き、まだこの時間なら少なくともメインには間に合うだろう、ということは分かっていた。だが、一日中バスに揺られ疲れた身体で見知らぬ土地に行くということが自分の中で行動させる気を起こさせなくなっていた。
 すると宿の若い男の従業員が部屋に入ってきて言った、
「でも会場に行けばアルグエョに会えるかもしれないよ。」
 アルグエョ?アルグエョ、、、聞き覚えのある名前だとは思ったがすぐにはそれが誰の名前であるか気付かなかった、しかしここがニカラグアということで分かったのだ、
「そうか、アレクシス・アルゲリョか!」

 アレクシス・アルゲリョは”リングの貴公子”、”破壊的な細身者”と呼ばれたニカラグア初の世界王者で、その後も1974年から1981年にかけて三階級を制したこの国における英雄的ボクサーの名前だった。
  僕は事前にインターネットで会場名、出場選手や連絡先のプロモーターなどの名をメモに書き写していた。しかし、メモに書き写していた時には会場名など気に も止めてはいなかった、自分のメモをよく見てみればそこには確かに"Gimnasio Alexis Arguello”と彼の名前を冠にした会場名が書いてあった。そうか、スペイン語の読み方、発音ではアレクシス・アルゲリョのことをアルグエョと呼ぶの か、、、

 1967年のプロデビューからその長身で手足が長く、細身な身体からは想像できない程のパンチ力でKOを量産し、1974年、 初の世界挑戦こそ善戦の末の判定で敗れはしたが、同年11月、メキシコの強打者WBA世界フェザー級王者ルーベン・オリバレスからKOでの勝利によりアル ゲリョは世界王者となった。
 同タイトル3度目の防衛戦では日本人挑戦者ロイヤル小林と対戦する為日本にも来日。その試合で5回に強烈な左ボディ でKO勝ちするなどして4度の防衛を全てKO。その後階級を上げ1978年、WBC世界J・ライト級王者アルフレッド・エスカレラを13回KOで退け2階 級制覇を達成し、7度のKO勝ちを含む8度のタイトル防衛。そしてさらに階級を上げた1981年、WBC世界ライト級王者ジム・ワットに15回判定勝ちを し三階級王者となり、このタイトルも4度全てKOで防衛する。
 アルゲリョのオーソドックスなボクシングスタイル、巧みなテクニック、鮮やかな ノックアウト、そしてモデルのようなルックスで彼は世界のボクシングファンを魅了していった。そして1982年、アルゲリョは当時史上初となる四階級制覇 を目指し無敗のWBA世界J・ウェルター級王者アーロン・プライヤーに挑戦したのだった。
 この試合、アルゲリョは何度も強打をヒットさせ大善戦はしていたもののプライヤーの強引なボクシングに巻き込まれ14回、王者の連打により失神KOで敗れてしまう。その翌年の再挑戦も激戦の中10回に再びKOで敗れ、その後数戦してアルゲリョは引退していった。  
  当時メジャーな世界タイトルが二つしかなかった時、プライヤーはWBAの世界王者だった。そしてもう一方のWBC王者ブルース・カリーはプライヤーと比べ れば数段格が落ちる王者と見られていた。そのため今でも戦う相手を選んでいればアルゲリョは史上初の四階級王者となっていたに違いないと信じる者達が数多 くいる。
 アレクシス・アルゲリョは獲得したタイトルを常に防衛し王者としての務めを果たしてきた真の王者だった。そしてそれ以上に最強の相手に戦いを挑む、偉大な挑戦者だったのだ。
 
 この時、僕はアレクシス・アルゲリョのことを何も知らなかった。
 彼が歴史に残る世界王者だったことは聞いたことはあったが、それ以上のことは何も知らなかったのだ。
 ただ、それでもこの時彼の名前に気付いたことで驚いた理由があるとすれば、それは僕の父、日本でボクシングのジムを営む父にとってアレクシス・アルゲリョが最も尊敬していたボクサーだったからだった。
 父のジムに一枚の写真があった。
 その写真の中で父はとても緊張し、また赤い顔をして赤いシャツを着て、当時エキシビジョンのため来日していたアルゲリョにサインをもらっていた。
 その赤いシャツのことはだけは覚えていた。普段サインなどには興味を持たないはずの父がとても大切そうにそのシャツを眺めている姿を見たことがあり、当時の僕にはその父の姿はとても印象的だった。

 もし今夜、彼??名が付けられたその会場に行けば、ひょっとすればそのアルゲリョに会うことができるかもしれない、父の愛したボクサーに会えるかもしれない。
 そうだ、アルゲリョに会いに行こう。
  そう決めると僕はベッドから飛び起き、持ってゆく荷物を鞄の中に整理し、その若い男の従業員にタクシーを止めるのを手伝ってもらった。通りに出ると駅の側 でたむろしていたタクシードライバーが近寄ってきた。料金を聞くと通常の倍程の値を吹っかけてきた、そんな男は無視してしまい、次のタクシーを待ち、数分 後に来た別のタクシーにに乗り、僕は宿を去った。

 僕を乗せたタクシーの運転手は少し英語が喋ることができる肌の浅黒い、小太りの非常に優しい印象を持つ中年の男だった。僕は会場名を告げると彼は言った、
「ボクシングを観に行くのかい?」
「そう、どれ位でつくかな?」
「10分位で着くよ。」
 やはり車ならそう遠くはないところにあるようだ。
「まだメインはやってないよね?」
「まだ始まったばかりだと思うよ、それより会場はあまりよいところじゃないの分かってる?」
 やはり会場はよいところではないようだ。
「アルグエョはくるかな?」
「アルグエョか!どうかなぁ、彼忙しいはずだから、、」
 彼にそう言われ、宿を出た時点で僕はもう会えるものだと早合点していたのに気がついて少し落胆してしまった。彼は来るのだろうか、、、
  ドライバーの彼によるところではニカラグアではボクシングはかなりポピュラーなものらしく、彼も僕にアルゲリョの過去の試合のことや、自国の名選手達につ いて熱っぽく語ってくれたが肝心な部分はほぼスペイン語で全ての話しを理解できはしなかったが、日本人のボクサーについても語っているようだった。
 僕はその熱心に話してくれているドライバーの話しをよそに、頭の中では何度もスペイン語の発音で口ずさんでいた、彼の名を、
 アルグエョ、アルグエョ、と。
文:中屋一生 mail

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